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告発\金沢地方検察庁\最高検察庁\法務省\石川県警察御中
弁護士と裁判官が共同で確定させた傷害・準強姦被告事件判決の再捜査要請に係る石川県警察珠洲警察署提出書面の情報公開

殺人未遂事件幇助の被告訴人: 木梨松嗣弁護士(金沢弁護士会)、岡田進弁護士(金沢弁護士会)、長谷川紘之弁護士(金沢弁護士会)、若杉幸平弁護士(金沢弁護士会)
名誉毀損罪の被告訴人: モトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)、小倉秀夫弁護士(東京弁護士会)
市場急配センター株式会社 石川県金沢市駅西本町5丁目10番20所在
作成管理者: 石川県鳳珠郡能登町字宇出津 廣野秀樹
金沢地方検察庁御中

2018年3月1日木曜日

### 袴田事件と三崎事件、刑事弁護の沿革、歴史に大きな疑問を抱かせた、富岡八幡宮宮司殺人事件の報道における血だまり ###

### 袴田事件と三崎事件、刑事弁護の沿革、歴史に大きな疑問を抱かせた、富岡八幡宮宮司殺人事件の報道における血だまり ###

***>>2018-03-01(木曜日)14:47_[これからの記述範囲の開始時刻]>>***

 小見出しは2月26日に作成していましたが、そのあと中断をしていました。一昨日になると思いますが、朝にTwilogで次の検索を行ったところ、思わぬ発見がぞろぞろと出てきて、それだけでも持て余す状態となって、考えたり調べたりする時間が長くなっていました。

奉納\さらば弁護士鉄道・泥棒神社の物語(@hirono_hideki)/「三崎事件」の検索結果 - Twilog http://twilog.org/hirono_hideki/search?word=%E4%B8%89%E5%B4%8E%E4%BA%8B%E4%BB%B6&ao=a

 最近の三崎事件の発見として、次の岡口基一裁判官のツイートがあったことを確認しました。

* リツイート:hirono_hideki(奉納\さらば弁護士鉄道・泥棒神社の物語)>2017/12/06 05:11/2017/10/06 12:21> https://twitter.com/hirono_hideki/status/938138737443160064
okaguchik (岡口基一)> https://twitter.com/okaguchik/status/916141377167122432
>これも冤罪か 三崎事件
>
>昭和51年の死刑判決。被告人は82歳で獄中死亡
>しかし,死刑判決において唯一の物的証拠とされた血痕が,その後のDNA鑑定により,被害者のものとは異なることが明らかにされたようです。
>
>娘が再審請求をしています
>by青木孝弁護士@判例時報2337号140頁


 あらためてツイートを見ると、昭和51年の死刑判決、獄中での死亡が82歳となっています。DNA鑑定が問題になっていることも、前に読んだときは余り意識をしておらず記憶にも残っていませんでした。飯塚事件と似た点がありますが、滅多に見かけることのない再審請求事件です。

 この岡口基一裁判官のツイートがきっかけで、三崎事件について調べたところ、考えさせられる発見がいろいろとありました。時代背景を含め想像力がかきたてられる事件でしたが、確かに謎と思ったのが殺害現場における返り血の問題でした。

 血痕が問題とされる事件は他にもありましたが、先日確認したところによると、被害者の一人は入浴中で外に出たところで刺殺されたというような話になっていました。昔の時代劇でも、血しぶきが吹き上がるというものを見ることがあったので、逃走の車内に僅かな血痕というのは不思議でした。

 APIで取得したツイートのデータをよく見ると、昨年の10月6日に岡口基一裁判官がリツイートしたものを、私が12月6日の午前5時11分にリツイートしていたようです。これだけ時間差があると、岡口基一裁判官のタイムラインを遡っていて見つけた可能性は低いのかもしれません。

 富岡八幡宮の事件があったのは、日曜日の夜ではなかったかと思います。12月の8日か9日であったように思います。当初は、通り魔による殺傷事件を示唆する報道でしたが、その夜のうちに神社関係者による事件だという報道もなされていたようにも記憶しています。

 翌朝になると、かなり詳細な報道がされ、加害者も被害者も特定され、宮司の地位をめぐる争いと報道されていたかと思います。その後、繰り返し、豪邸のような家の玄関先で、大きな血だまりがある様子が映像か写真として報道されていました。実際の血だまりをみる報道も過去になかったと思いました。

 襲撃犯の二人が自害した現場のようで、二人分の血だまりだったのだと思いますが、それにしてもずいぶんの量の血が流れ出るものだと、現実を目の当たりにしました。ちなみに犯行後に自殺した元宮司は、自分の胸を3回、突き直したという報道もありました。

 とにかく、冤罪が問題になる殺人や強盗殺人事件の資料を見ると、現場での惨状や犯人の着衣等に付着した血痕が問題になることが多いので、いろいろと考えさせられるところがありました。

 袴田事件も血痕が問題になっていたと思います。逮捕の直後はパジャマについた僅かな血痕が本人のものではないということで、逮捕の決め手のようになっていた思います。その後、味噌のタンクの中から血だらけの衣服が発見され、サイズがまるで違ったことも、事件の説明に決まって出てくる話でした。

 Twilogの検索結果には、私自身がすっかり忘れていた記録が記されていました。2010年6月2日となっている次の2つのツイートです。

* ツイート:hirono_hideki(奉納\さらば弁護士鉄道・泥棒神社の物語):2010/06/02 08:52: https://twitter.com/hirono_hideki/status/15212258226
> http://ow.ly/1SLXw もう一件は病死した被告の血痕を根拠に再審請求をしたという記事でした。 三崎事件と呼ばれていることを含め、今回初めて知った冤罪の可能性のある事件です。リンク先をざっと見ましたが、確かに不可解さがあり、警察の対応にも問題がありそうな事件です。


* ツイート:hirono_hideki(奉納\さらば弁護士鉄道・泥棒神社の物語):2010/06/02 08:24: https://twitter.com/hirono_hideki/status/15210694450
> 三崎事件 http://yabusaka.moo.jp/misaki.htm 1971年12月21日夜、神奈川県三浦市三崎町で、一家3人が殺害されるという事件が起こった。現場から飛び出して来て、車で逃走した男が目撃されており、5日後、横浜で寿司店を経営する荒井政男(当(引用)


 2つのツイートにあるリンクの記事は同じものでした。それも昨年の12月、岡口基一裁判官のツイートを見た後の検索で、いくつか読んだ記事の中でも、もっとも印象的で、なおかつ読みやすくわかりやすいと思った記事でした。デザインは今時めずらしくシンプルなもので、それも印象に残っていました。

 他に読んだ記事と区別はしませんが、知人にアリバイ工作を依頼したとか、事件の翌日に生命保険に加入し、警察署の前で走行中の車に飛び込んで自殺未遂を図ったという話がありました。嫌疑が掛かったことでパニックを起こし、異様な行動を起こしたとも考えられなくはないですが不可解が多い事件です。

 弁護士がきちんとした弁護をしたのかというのも疑問のある事件です。足に重い障害のある被疑者が物凄い勢いで2階に駆け上ってきた、とか、凶器とされた護身用の小刀が刃渡り13.8センチだったのに、被害者の刺し傷は20センチ以上のものがあったとか、理解に苦しむものがあります。

 あらためてよく読むと、逮捕時が44歳で、82歳で拘置中に病死したことになるようです。三崎というのは全国的によくある地名ではないかと思いました。私が住む能登町の隣の珠洲市にも、三崎という地名があります。地区名と言ったほうが正しいのかもしれません。

 それと神奈川県の三崎というのは昭和の時代の中高生の頃から多少馴染みのある地名でした。当時、宇出津の石川県立水産高校では、本校の漁業科と機関科で乗船実習が義務付けられており、その乗船実習の船が加能丸でした。

 小学生の頃、加能丸は宇出津で一番大きな船だが、水深の浅い宇出津の港には停泊することが出来ないと聞いていました。ちなみに次に大きいとされ、宇出津の港で見ることも多かったのが白山丸です。現在も宇出津新港でよく停泊していますが、漁業探査船のように聞いています。

 水産高校での乗船実習は、ハワイやシンガポールでしたが、まず神奈川県の三崎港に行き、そこから出発するとか、体験者に出発したと話を聞いていたので、神奈川県の三崎は、それだけなじみのある地名だったのですが、刑事事件としては、ほとんど見かけることがなかったと思います。

 時刻は、16時06分です。手を止めてしばらくテレビに注目していました。「ひな祭りのちらしずしに旬のハマグリを!」という話題をみていました。

* ツイート:hirono_hideki(奉納\さらば弁護士鉄道・泥棒神社の物語):2018/03/01 16:00: https://twitter.com/hirono_hideki/status/969105171220344832
> 桃の節句に欠かせないハマグリ
>テレビのとなりのテレ金ちゃん。よい娘がよい伴侶に巡り会えますようにという願いがあるという。初めて聞いたような気がする。


 ちょうど、三崎事件の被疑者が横浜で寿司屋をやっていたということを書こうか迷っていたところ、テレビに酢飯を作る場面が出て、横から「命の次に大切ですか?」と質問があり、店の主人と思われる人が、一度、そのまま答えを返した後、「母ちゃんの次や、母ちゃんが一番」と答え直していました。

 紹介した記事にも書いていると思いますが、三崎事件の被疑者は、家出した娘を探すために三崎に出かけ、繁盛していた寿司屋の商売も傾けたという話でした。自分が死んで保険金を残すため、警察署の前で車に飛び込んだというのもすごい話だと思いました。

 この三崎事件のこともずっと前から書いておきたいと考えていたのですが、3日ほど前になりますか、朝の情報番組で、移住者が率先する地域の活性化として神奈川県三崎町のことが紹介されていました。

* ツイート:s_hirono(非常上告-最高検察庁御中_ツイッター):2018/03/01 16:24: https://twitter.com/s_hirono/status/969111016536662016
> 2018-02-26_09.24.00_三崎町 「神奈川移住先はマグロの町小道具屋を開業」というテレビ.jpg https://t.co/DoxIRL1eDb


 スマホでテレビの画面を撮影した写真があったので、タイトル情報を付加してアップロードしました。撮影の日時も2月26日9時24分だったと確認できました。モーニングショーという番組だったと思います。いつも気分次第でチャンネルを帰ることが多いので、たまたま見た番組です。

* ツイート:kk_hirono(告発-金沢地方検察庁御中_ツイッター):2018/02/26 22:05: https://twitter.com/kk_hirono/status/968109859265658886
> ### 袴田事件と三崎事件、刑事弁護の沿革、歴史に大きな疑問を抱かせた、富岡八幡宮宮司殺人事件の報道における血だまり ###


 確認したところ、小見出しのタイトル名をつけ、直後にTwitterに投稿したのが、上記のツイートで、投稿時刻が22時05分となっていました。朝にたまたま見た番組のことが気になって、優先的に選択したことになると思います。

 昭和の時代の寿司屋、寿司職人といえば、「深川通り魔殺人事件」のことを思い出します。これまでにも何度か調べたことがあったのですが、自分の記憶では辺田の浜に住んでいた昭和40年代の終わりとも考えていたものが、かなり年代のずれがあって、意外に感じたということもありました。

 猿ぐつわをつけられたパンツ姿での逮捕など、印象に強く残る事件でした。インターネットでも関心の高さを反映したものか、かなりの情報が出ていました。

 真偽はわからないですが、前回、深川通り魔殺人事件について調べた時、通り魔事件の加害者と被害者の間に、祖父か曽祖父の時代に因縁があったようなことが書いてあり、そういうことも多少気にかかっていました。

 ***<<2018-03-01(木曜日)16:40_[これまでの記述範囲の終了時刻]<<***

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