偶然とは思えないようなタイミングだったので、ずっと気になっていました。父親の墓は同じ小棚木の町内、バイクだとおそらく一分もかからないところにあるので、テレビをつけたまま墓参りに出かけました。
家に戻ったところ、待っていたようなタイミングで始まったのが、テレビの宇出津の防空壕の死亡事故の放送でした。その防空壕の死亡事故のことは、1,2ヶ月、あるいは2,3ヶ月前に初めて知っていました。きっかけは5月の初めにiphoneを購入してから始めたポケモンGOでした。
ポケモンGOには、ジムとスポットがありますが、私が始めた頃、常椿寺はスポットだったと思います。秋のいつ頃だったか覚えていませんが、現在はジムになっているはずです。どちらもクルクルを回すことでアイテムをゲットできますが、常椿寺では、道路から歩いて階段の側まで行く必要がありました。
そんな折に、常椿寺の道路の入り口に、戦時中の防空壕の死亡事故の説明文が目に入ったのです。宇出津小学校と能都中学校を卒業していますが、全く初めて知るお話だったと思います。
時刻は2018年1月24日15時3分になります。午前中に、スマホの写真のまとめ記事を作成しました。昨年つまり2017年8月15日にスマホで撮影した全ての写真です。記事の作成は、ほぼ自動化した従来のスクリプトを使っています。タイトルだけあとで変更しました。
奉納\危険生物・弁護士脳汚染除去装置\金沢地方検察庁御中: 2017年8月15日\法務検察・石川県警察宛\告訴関係参考資料としてのスマホ写真の記録:83件 http://hirono2014sk.blogspot.jp/2018/01/2017-08-151045251jpg83.html#2017-08-15_19.18.16.png
スクリプトというかプログラムの処理なので、写真は全て撮影の時間順に並んでいます。これは当日の行動も視覚化しわかりやすくなります。
2017-08-15_18.04.28-1.jpgから2017-08-15_18.15.14_HDR.jpgまでが父親の墓参りのときに撮影した写真です。このファイル名はスマホのアプリの自動転送で自動で付けられたファイル名で撮影時刻がファイル名になっています。
他に、写真ファイルのEXIF情報を利用して自動的にファイル名を変更するスクリプトも作ってあります。先日作ったのは、iCloudからダウンロードしたファイルを自動で名前変更するスクリプトです。
フロッピーディスクだったと思いますが、検事がファイルのタイムスタンプを変更して実刑の有罪判決を受け服役したという事件もありました。手違いや勘違いでもタイムスタンプが変わってしまうことはありそうにも思えますので、スクリプトをご紹介しておきたいと思います。
#!/bin/bash
fn=$1
regex='^IMG_.+.(jpg|JPG)'
if [[ $fn =~ $regex ]] ;
then
date=`identify -verbose "$fn" |grep ' exif:DateTimeOriginal: '|sed -E "s/ +exif:DateTimeOriginal: (....):(..):(..) (..):(..):(..)/\1-\2-\3-\4\5\6_/"`
echo $date
#name=`echo "$fn" | sed -E 's/Screenshot-....-.{1,2}-.{1,2} //'`
#echo $name
# echo "$date$name"
# name="$date$name"
# nn=`h-sanitize-file-name-arg.rb "${name}"`
nn="${date}iCloud.jpg"
echo $nn
mv "./$fn" "./$nn"
else
echo "ファイル名がマッチしません。"
fi
# exif:DateTimeOriginal: 2018:01:08 05:40:26
「exif:DateTimeOriginal:」という項目の時刻を抜き出してファイル名に使っています。他にも時刻を同じにする項目はあったのですが、データタイムオリジナルという項目名になっているので、これが普遍の撮影時刻かと見当をつけました。
次に、2017-08-15_18.18.51.jpgから2017-08-15_18.30.52.jpgまでが、テレビの画面の撮影になります。墓参りから家に戻ったタイミングで放送がありました。ポケモンGOがきっかけの予備知識があったので、すぐに始まった放送のことが理解できました。
たしか、宇出津小学校の小学生も参加した式典の場面もあったと思いますが、撮影には入っていなかったようです。「防空壕落盤物故者慰霊碑」とありますが、比較的近年に整備された場所と思われ、私は見た覚えもない場所です。
テレビの放送でも宇出津の桜町と声があったような気もするのですが、場所は宇出津の桜町の高台で崎山台地になるのかとも思います。
2015年のあばれ祭りのとき、ふらりと酒垂神社から常椿寺まで崎山台地の際沿いを歩いたことがありました。警察署の前から魚市場の通りになりますが、酒垂神社の階段入り口の右側は、町内が中組だと聞いていました。
時刻は1月25日14時42分になります。昨日の夕方の早い時間だったと思いますが、また一つ写真のまとめ記事を作成しました。2015年のあばれ祭りとばかり思っていたのですが、ファイルを探していると2014年だったということも気がつくことになりました。
奉納\危険生物・弁護士脳汚染除去装置\金沢地方検察庁御中: 2014年7月5日_宇出津あばれ祭り二日目\法務検察・石川県警察宛\告訴関係参考資料としての写真の記録:281件 http://hirono2014sk.blogspot.jp/2018/01/2014-07-05135311jpg281.html#top
なお、宇出津のあばれ祭りは、たしか平成17年辺りから毎年7月の第一金曜日と土曜日となっております。それまでは7月7日、8日と決まっていました。
ブログの管理画面でページタイトルを2回変更しました。データベースへの記録は、その最終変更時刻となっていました。「2018年01月24日19時50分の登録:」という情報になります。
この写真ファイルの投稿スクリプトは、日付別のスクリーンショットのまとめ記事の投稿に使っているものです。半月分ほど溜まったものを一気に投稿することもあったのですが、こまめにやるように心掛け、残っているのは昨日分だけかと思います。
実際に昨日分を投稿しました。データベースに登録した情報は次のようになっています。
2018年01月25日15時04分の登録: 2018年01月24日分\法務検察・石川県警察宛\弁護士関係参考資料としてのスクリーンショットの記録:3件 http://hirono2014sk.blogspot.com/2018/01/201801243.html
ブログ記事のタイトル名は全てスプリクトによる自動生成となっています。決まった書式にしておりますが、異なるのは日付とスクリーンショットの投稿件数だけです。
このところスクリーンショットの作成件数は少なくなっていますが、昨日の3件は、次のファイル名になります。このスクリーンショットのファイル名もほぼ自動生成し、同じ書式を使うことが多いです。
2018-01-24-085315_深澤諭史さんがリツイート > 小倉秀夫 > 伝統的な風評被害論って、原因たる事故を起こした側に賠償責任を負わせるための理論なので.jpg
2018-01-24-090107_小倉秀夫 > 水俣病の時も、水俣産の魚をみんなで食べて応援するべきでしたかね。有機水銀説が科学的に実証されるまでの間は。.jpg
2018-01-24-201912_山口貴士aka無駄に感じが悪いヤマベンさんがリツイート > 弁護士わっく > 教科書と違って生の事件は非常に様々で処理方法も多様.jpg
普通、スクリーンショットというのはPNGのファイル形式で作成されることが多いのですが、見た目が変わらないのにファイルサイズが大きくなりがちなので、私はjpgで保存するようにしています。スマホやデジカメの写真ファイルも同じ小文字のjpgの拡張子にしています。
2014年7月5日のあばれ祭りの写真ですが、ざっと見渡すことで意外な発見があったり、ちょっとした記憶違いを修正することも出来ました。大藏町から崎山沿いに常椿寺まで行ったと思っていたのですが、実際は大藏町から魚市場に戻り、その後、酒垂神社の階段を登っていたことがわかりました。
近くから黒い蝶々を撮影した写真も全く記憶になかったので、最初は間違って紛れているのかとも思いました。撮影時刻を見ると時間の間隔で大体の場所が特定できたので、思い当たるような場所はわかりました。
天徳寺の写真があったのも意外な発見でした。天徳町の隣が大藏町だと思います。魚市場から警察署に向かって広い通りの左側で、大藏町の先が酒垂、中組、桜町と続くはずです。右側が本町、浜町、大竹町、その先は道路の左右がほぼ同じで、中組、桜町になるのかと思います。
私はずっと、能登警察署までが桜町だと思っていたのですが、昨年の祭礼委員の寄付金の集金で、警察署の前の道路の先も桜町の町内の家が多いということを知りました。私が宇出津の桜町にこだわりを持つのもそこに警察署の建物があるからです。
2014-07-05_17.37.20_宇出津あばれ祭り.jpgの写真に出てくるのが、その能登警察署の建物ですが、正確には珠洲警察署の能登庁舎となっています。2012年4月1日に珠洲警察署に統合廃止されたとネットの情報もあります。
2014-07-05_17.48.00_宇出津あばれ祭り.jpgの写真に写っているのが覚照寺です。右手にシルバーの車が駐車されていますが、平成9年当時は、予備的被告訴人OSNが同じような場所に車を停め、その近くにあるという家に用事に行っていました。
天徳寺の近くの借家だと聞いていましたが、平成14年のあばれ祭りでも本町のキリコを担いでいると聞いた憶えがあります。天徳町は宇出津の町内の中でも特に範囲が狭く家の数も少ないと聞いていますし、ずいぶん前にキリコを出すのをやめたとも祭礼員をやっているときに聞きました。
これも比較的最近になって知ったことですが、本町というのは歴史的に宇出津の町の中心であったことから本町という名前になったと聞きました。今の中心は新町の三町内ですが、海を埋め立てた土地だと聞いています。それも江戸時代の埋め立てと聞いたことがありますが、定かではありません。
そういえば、昨年の祭礼委員の活動で、天保島の町内も海を埋め立てたと聞き、それが江戸時代の天保年間だったことで天保島と呼ばれるようになり、それが町内名になったと聞きました。
2014-07-05_17.51.35_宇出津あばれ祭り.jpgの写真が、記憶にもなかった天徳寺の写真です。ほぼ正面からの撮影になりますが、たぶん写真の左手は覚照寺の敷地の建物と隣接しているのではないかと思います。
次に、2014-07-05_17.54.07_宇出津あばれ祭り.jpgの写真の前方に見えるのが酒垂神社です。撮影の位置は大藏町になるのだと思いますが、手前に見える民家のほとんどは酒垂の町内になるのだと思います。
次に、2014-07-05_19.28.21_宇出津あばれ祭り.jpgの写真に見えるのが常椿寺です。あらためて写真を見ると、神社なのか寺なのかどちらにも見えるような建物だと思いました。子どもの頃も何回も見た記憶がなく、寺の中に入ったという記憶は少しもありません。
今、ふと思い出したのですが、小学校の高学年の頃か、誰かに誘われて、常椿寺の前で銀杏を拾ったような気がします。その2,3年ほど前には、藤波の柳倉の同級生の家の前で、その同級生の説明を聞きながら胡桃を拾って、それを食べたという記憶もずっと残っています。
その胡桃の木の家の先には、坂を登ったところに無人駅の藤並駅がありました。駅で乗り降りしたという記憶もないのですが、被告訴人安田敏など鵜川方面からの通学では、当時の石川県立水産高校の生徒が割とよく利用していたとも聞いていますし、それらしい生徒の姿を見た記憶もあります。
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